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被災地の子どもたちへボールを贈呈。早速、練習が開始されました!

今までのNWA(日パ・ウエルフェアー・アソシエーション)の活動には… 母子健康指導センターを初めとし、地震や洪水支援でも「継続」を必要とするものばかりだった。 ある意味、支援活動は「継続」を意味していたが、今回はボールの配布を終え、支援活動の「完了」とも言うべきことに遭遇した。 継続不要の単発の支援活動とは…なんと楽チンなことか!と感動している。「継続は力なり」って諺というか、言い回しがあるから、NWAにとっては年ごとに力がついていると思うことにしよう… 
もっとも。ボールを送っておいて「お終い」とはせず、今から時間をかけてボールが予定通りの数で相手に届いているのかも確認しようと考えている。 日本政府の支援や、大NGOには出来ない「追っかけ調査」をゆっくりするつもり。
日本では、多くの途上国のように支援物資の横流しということは殆どないとは思うが、九州や北海道でパキスタンから送ったサッカーボールを目にしないとも限らないし… そう思うところが、オバハンが途上国化している証拠かな…

911同時多発テロから丸10年を明々後日に迎える。
何事も起こりませんように…

久しぶりに窓を開けて寝た。室温よりほんの僅かに冷えた夜気が流れ込む中、扇風機を緩々まわし休んだのは1ヶ月ぶりか、もっとかも。春先に内庭へ面した室へ引っ越し、庭木の発する香りに満たされて眠るのを至上としていただけに、この閉め切ったままの1ヶ月余は辛かった。

息子夫婦が中心になって行った、イスラマバードでの東日本大震災への支援活動。 前にも書いたように、パキスタンからの海外向け送金は日赤へしか出来ないので、(ユニセフや日赤などの大団体では、数々の経費使用によって被災地へ落ちる支援金は30%になってしまうと言わ れているので)、なんとしても日赤へだけは支援金を送りたくないと、日パ双方にとってプラスとなる方法を考えたのが、当地でサッカーボールを購入、被災地での配布するアイディア。

多くの皆様方のご協力により5500個ものボールを注文済み。パキスタンカラーの緑色と、日の丸の赤色を中心にしたデザインは素晴らしく「がんばれ東北、がんばれ 日本」「パキスタンの友人たちから」そしてオバハンたちの団体NWA(日パ・ウエルフェアー・アソシエーション)のロゴ入り。ボールを蹴った時に緑色と赤色のコンビネーションがきれいで、早く実物を皆にも 見てもらいたいなぁ~~~と、日本へ届けるのが楽しみ。
被災地県庁で、「上から目線の発言を繰り返した」として物議を醸している松本復興相が、「がんばれ東日本」と手書のサッカーボールを蹴っている写真がネットに掲載されていたが…  報道というのは一部が切り取られて強調されるから誤解を招きやすいのも確かだが、心無いと思わせるものがあったのだろうな。

息子は仙台にあるリーグへコンタクト、オバハンは東北各県の体育協会へコンタクトを開始。 配布先を考慮中。皆様方の中にも良いアイディアがありましたら是非ご連絡を~~

先般の涼しさは何処へやら… 3日前から徐々に気温が上がり出した。きょうは40℃を少し超えたかと思う。
イスラマバード在住の日本人有志女性たちの活動されるボランティア団体、「ジャカランダ(春に薄紫色の小花を咲かせ、街路を霞のように彩る)」が、 (日本人会で)かき氷大会をすると。そして、そこでギルギットの女性たち手づくりの小袋に入れた岩塩やスパイス、紅茶などを売って下さると。

ジャカランダの会からはギルギットの女性たちへの支援にと、手回しのミシンや布などもご寄付下さり、普段から色々なご支援を頂いている。

今回もNWA活動のパネルを「かき氷」の会場へお運び下さって宣伝に努めて下さった。売り上げは上々!!宣伝もバッチリ!!  ご支援に深謝いたします。

2005年10月8日に発生したパキスタン北部大地震から今年で5年目となります。
世界各地で大災害が頻発する今、改めて当時を振り返り、支援のあり方を考え、復興に向けて力強く生きる人々の姿をお伝えしたいと思います。たくさんの方々の参加をお待ちしています。

日時:4月10日(土)15時から17時
場所:目黒さつき会館・大会議室  東京都品川区西五反田3-2-13
講演:督永忠子(現地代表)
   田城薫(たしろかおる・当時の現地責任者)
資料代:1000円
お問い合わせ:特定非営利活動法人 日パ・ウェルフェアー・アソシエーション 電話:03-3442-6170(経費超節減のため、よそ様の事務所に電話を置かせて頂いているだけです。常駐のスタッフはいませんのでお返事は遅くなります) 事前にお問い合わせいただければ助かります。

2月初め、NWA(日パ・ウエルフェアー・アソシエーション)から奨学金を出していた医学生が「無事卒業出来、国家試験にも通りました」と、医師免状を貰ったその足で挨拶に来た。 4月からは小児科医として半年間の研修の後、内科の研修に入る予定と。研修医になれば手当てが出るので、それまでの後2~3ヶ月は奨学金を頂きたいという挨拶だった。

ギルギットからペシャワールの医学部に入った当初は超生意気な学生で、自分は選ばれた優秀な者であるから奨学金の受け取りも当然のような態度だった。しかし6年間の勉学で学んだことは医学知識だけではなかったようで、真っ当な挨拶や、感謝の念も表せる大人になったと思う。

医師免状を見たときには、オバハンの方も「おめでとう~」と言いながら、嬉しくて涙がこぼれそうになった。奨学金の出し甲斐を感じる瞬間だ。こうして挨拶に来てくれると、人を育てるのには「意義」があると単純なオバハンは感動してしまう。

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